スバル・レガシィを創った男・元NHK学園講師
著書:四輪駆動入門(山海書房)、自然回帰線(講談社)、ウインタードライブ入門(講談社)等
| 1942 |
5月1日生まれ横浜市出身 |
| 1962 |
横浜市にてゴルフショップ経営 |
| 1967 |
日本のモータスポーツ界にダートトライアルという新カテゴリーを考案し、このカテゴリーの発展に寄与する。現在もこのカテゴリーは盛況 |
| 1970 |
富士重工、宣伝部モータースポーツに入社、ラリードライバーとして国内ラリーを総なめにする。 |
| 1973 |
活躍の場を世界に移し、サザンクロスラリー、レプコ・トライアル2万キロ、ロンドン〜シドニー3万キロ、サファリラリー、モンテカルロラリー、ヒマラヤンラリー、ウインズサファリ6000km等世界的な規模のラリーに多数参加参戦。 |
| 1979 |
国内レース界にFJ1600という新しいフォーミュラーカーを考案しJAFに提案、このカテゴリーのレースと規則は20数年たった現在もこれが基本となっている。 |
| 1980 |
富士重工にてモータスポーツの育成と販売を企画、商品企画担当として活躍、後に海外ラリーで活躍するRXの企画と製作に携わる。 |
| 1983 |
サファリラリーでは日本人最高位の5位入賞(クラス優勝)を果たす。この記録は以後10数年破られることがなかった。 |
| 1985 |
香港〜北京3600kmを作家立松和平氏と走り総合6位入賞(クラス優勝)、ベストアセアンドライバー賞獲得。これを最後にドライバーを引退。現役中に走破した距離600万km(地球150周)以上。 |
| 1986 |
スバルラリーチーム総監督を務め、数多くの実績を残す。 |
| 1989 |
STI(スバル・テクニカ・インターナショナル)常務取締役就任。同年イタリア・ミラノに富士重工100%出資、STEを設立、社長に就任する。
モートリモデルニ社と3.5l水平対向12気筒60バルブエンジンを共同開発しF1ミナルディチームで走行テストを行う。 |
| 1990 |
スバル・コローニF1チームを結成、総監督に就任、モータースポーツの頂点であるF1に参戦。 |
| 1991 |
モトーリ・モデルニ社《イタリア》副社長に就任、アルファロメオ社からの依頼により155DTMエンジンの組立てメンテナンスを行う。 |
| 1993 |
モンテカルロ・スポーツカープロジェクト、エンジン部門担当。 |
| 1995 |
日本に帰国、輸入品販売業代表を歴任。 |
| 1996 |
自動車特殊部品製造会社(有)ティワイプランニング設立。 |
| 2002 |
7月、イタリア製電気自動車ジラソーレ輸入販売目的会社、オートイーブィジャパン創業。 |